”他人の愛情”エピソード2

【じぃじ@キャンバス8】

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幸せって何だろう?
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今回のお話は、
この問いから始めましょう。



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なぜ、じぃじ@は
毎朝バナナを食べ続けるのか?
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じぃじ@新聞少年には
毎日3分ほど、

配達途中に心身の休息ができる
お家が在った。

小5の4月には
泣きべそ新聞少年だったのが、

8月には
一人前の配達員に成長し、

汗を流し
下駄を鳴らして走っていた。


少年配達員の下駄の音は、

街の時計代わりになるほどの正確さで
通りを駆けていた。



そんな8月の
炎天下のある日、

一軒の
小屋の戸が開いて

「坊や、おはいり」

と、ご婦人がじぃじ@少年を
招き入れた。



そのお家は、

切り妻トタン葺
6畳一間に
土間付の台所。

武家屋敷の町屋を
配り終えたあとに行く、
最後の区域

B29爆撃機編隊が投下した
焼夷弾で

火の海となって焼失した
広大な街の跡にあった。

トタン屋根街

そこには、
ほかにもトタン屋根の家々が
数多く点在していた。



「ちょっと休んで、お飲みなさい。」

声をかけられた
その小屋は、

道路から
30m以上も奥まった

広大な敷地内に建っており、

焼失前の
大きな屋敷がしのばれた。

「ちょっと休んで、お飲みなさい。」


出された丸盆には
ガラスコップに白い、牛乳?

ひとくち飲んで
ビックリ!

あまい!

こんなの飲んだことがない!

初めての味!

驚いた顔の新聞少年を見て
婦人は

「カルピスですよ。」

と、少し微笑んだ。

少年は、生まれて初めて
甘味飲料
と、いうものを飲んだ。

画像の説明

それ以来、

毎日のように
その小屋の戸が開いて

「ちょっと御休みなさい」

と招き入れられた。

下駄の音で
坊やの配達だと分かりますよ。

と、言われて
うれしかった。



差し出される丸盆には、
いつも「おやつ」がひとつ。

ビスケット1枚

ミルクキャラメル1粒

ドロップ1個

カリントウひとつ

干し芋一切れ

ミカン半分

などなど・・・。

どれもこれもが

腹ペコ@新聞少年初めての
「うまいもん」ばかり。



日暮れの早くなった
秋のある日、

いつもの戸が開いていて
微かに
お線香のにおい。

「坊や、おはいり」

丸盆には
黄色いバナナ。

その時、初めて

部屋に在る
小さな仏壇に気づいた。

婦人は
お線香をあげていた。



坊やは、私の次男に
ソックリなの・・・

静かにお話なさる
婦人の顔を見ながら、

新聞少年は
耳を傾けた。



大学生の長男は、法律家に。

次男は、
科学者になる夢をもち・・・



大学生の長男

次男

三人とも戦死された、と。



この優しい人は、
戦争未亡人であることを知った。



彼女は
ナイフで半分に切ったバナナを
白紙に包みながら、

「ご家族のお土産に・・」


少年の脇に置いた。

立ちかけた少年に、

残りのバナナを
輪切りしながら手渡して

食べながらお行き。
皮は庭にね・・・



ねっとり
ふくよかな食感と

香りが、
たまらなくうまい!

(もったいない)

皮も
かじって

そっと
庭に置いた。



そんな
幸せな2年半が過ぎて

新年が明けた、ある日

店長が

「○○さんは新聞打ち切り」


新聞少年に言った。



そんな!
何でやろ?

年末も会ったのに・・・

「ご苦労さん、さいなら。」

いつもの挨拶だったのに・・



急いで早く配達して、

道路の奥の
トタン屋根の家を見た。

いつもの玄関が
ペケ印の板で塞がれていた。



手をかけて
戸を引いたが、

戸は
開かなかった。



それから、毎日

新聞少年をやめるまで、

ペケ印の玄関に立寄っては

「ありがとう」

と、合掌して
配達を続けた。



新聞少年は

75歳になった今も、

毎日

手づくりカスピ海ヨーグルトに
「バナナ」を添えて、食べる。



それは、
あの婦人に頂いた

「生命の朝食」
である。



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幸せって何だろう?
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戦争は、人類の
最悪な愚行である。