子どもという「未知との遭遇」

ワシは、

新任時に出会った
養護学校の生徒たちから学び、

私なりの
「生徒主体の教育実践」で、

生徒と共に

楽しく幸せな時空
生きてきました。

生徒に感謝です。



さて、その
「生徒主体・・・」とは?



私が教室で
生徒に出会うとき、



目の前の
生徒という人間は、

生まれも育ちも異なるが



わたしと同様に

自分だけの人生キャンバス
それぞれの生育歴を経て、

一個人として、
在る人間です。



だから、

教室での
個人と個人の交流

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
未知に満ち満ちていて
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

ワシは
心躍るのでした。

画像の説明

映画「未知との遭遇」S.スピルバーグ 1977年



教科指導でも
学級運営でも、

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一人ひとり異なる人格の
生徒たちの躍動が
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授業や
クラスを

〜〜〜〜〜
創造する。
〜〜〜〜〜

教育という名の
アートやねぇ☆

(はら@寺子屋のつぶやき)



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未知なるものへの
楽しさが
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「ハラのふくれる授業」の
エネルギー源でした。



「生徒主体の教育」とは、

〜〜〜〜〜〜〜
全方位の
未知なる人間の
〜〜〜〜〜〜〜

可能性を、発現すること。


その発現場面が
教室に在ったから、

生徒との毎日が
楽しかった。




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答えが
未知のもの
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その都度
創造されるものだった
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から、

実践が楽しかったのです。



メルマガ参加者それぞれの
実践を出し合えば、

そこから、

新しい
課題や真実が抽出され

共有する楽しさ

さらに
広がるかと思います。



あなたからの葉書(メルマガへの返信)を
楽しみにしています。